2015年5月30日土曜日

育メンなんだな。

久しぶりの友人と飯を食う。二人とも同じくらいの年の子がいて。子育ての話にもなる。

んで、そのスタンスの違いにちょっと愕然とする。

あたしの毎日は、朝6時台に2歳の娘に起こされ、一緒にテレビを観たり、お絵描きをしたり、ベランダの植物に水をあげつつボール遊びをしたりしてすごす。うまく時間が見つかれば、昨夜の洗い物を片付けたり、洗濯物を仕込んだり、掃除機がけ、布団干しなんかも娘と一緒にする。洗濯物なんかは妻がして、その間は娘と遊んでたりもする。

朝ごはんを用意して、もしくは妻が用意して、娘と一緒に食べ、園に行く準備をして、一緒に出かける。イヤイヤとか言われながら、抱っこして、一緒に歩いて、自転車に乗せて、保育園に着く。いろいろ整えて、預け、会社に向かう。

会社の仕事を18時ごろ切り上げて、迎えに行く。お迎えのない日も真っ直ぐ帰る。そして妻と一緒に帰ってきた娘と3人で晩御飯を食べ、遊び、お風呂に入って、おやすみーと娘就寝。

そのあとはゆっくり過ごしたり、テレビを観たり、妻とマッサージをしあってコリをほぐしたり、どちらかが洗濯したり、料理をしたり。

そして12時ごろ寝る。そんな毎日。

休日は、この保育園に預けている時間を、娘と動物園に行ったり、3人で出かけたり、お昼寝したり、大人にそれぞれの用事があって、用事のない方が娘と過ごしたり、お昼を食べたり、そんな感じ。


友人のスタンスは違うようで、少なくとも僕にはそのように感じられ、朝は早起きで朝ごはんも、おにぎりとか用意するみたいなんだけど、それ以外の部分はだいたいい奥さんがやっている印象。

僕の毎日について少し話したら「嫁は何をしているんだ?」の衝撃発言。

嫁は僕と同じように仕事しています。仕事をしているという条件が同じだから、家事や育児の部分の条件もそろうようにしています。だって、妻も同じように仕事してるのに、どうして夫が家事と育児の部分を妻に任せ切ればいいと思えるの?なんて思いを、妻も仕事してるからねーくらいに止める。

友;飲みにぐらいいかせてもらえないのか?
あたし;飲みに行くと、娘とすごす時のパフォーマンスが落ちるんだよね。それが結果的に娘とすごす時間を難しくすることがあって、なのであまり飲みたいと思わなくなった。健康的にも調子がいいし…。
友;なんか大変だな。
あたし;いや。娘と過ごせるから楽しいよ。
友;ストレスたまるだろ。大丈夫か?
あたし;たまにこうして友達と飲んだり、サッカーしたりで発散になるから、毎日自由にしたいとかはおもわないよー。
友;ふうん。。

友;で?2人目の予定とかあるの?
あたし;今のとこないよ。あっても5年ほどあけたいけど、一人っ子ってことも。
友;それじゃあ店は誰が継ぐの?(うちは自営業)
あたし;え?娘でも継げるでしょ?別に継ぎたくなけりゃそれでいいと思うし…
友:でも結婚しちゃったら無理だろ?
あたし;いや。そんなこともないでしょう。

噛み合わない!会話が!スタンスが違うんだな〜、を感じた飲みでしたけど、こう言うことがまぁまぁあるんだよね。きっとあたしの同年輩って、パパも育児家事を均等に行うんだって言うスタイルと、いわゆる昭和的な?価値観との端境期なのかなーなどと。

あ。俺っていわゆる育メンなんだなと、初めて思った夜でした。

2013年4月1日月曜日

変化を受け入れると言うこと。受け入れられないと言うこと。

大久保などで在日韓国・朝鮮人に対する強烈なデモ活動が行われてるらしい。
実際に見ていないし、概要も新聞などで触れるだけなので知識不足なんだけど、
なんだかしっくりこない。主張していることの実態?本体?言わんとすることも、
よく分かってないんだけど、在日の方の特権に抗議しているらしい。。
そのうえで、朝鮮人は死ね!とか言っているらしい。

死ね!はダメだよ。
もし在日韓国・朝鮮人に特権があるとして、それに抗議したいのだとしたら、
死ね!は抗議じゃないもの。脅迫だよ。脅迫と主張は違うと思う。




違っていたらごめんなさい、なのですが、在日韓国・朝鮮人に対するこの態度って、
例えば東京に何代もずっと昔から住んでるうちに産まれた東京っ子たちが
地方出身者が東京に多く流入するから、東京はコミュニティが失われたし
田舎者は都会に出てきて欲しくないよね、ホント。って言ってるのに似てると思う。
挙句の果てに、東京に出てきてて、やれ空気が汚いだ空が四角いだ都会は冷たいだ。
そんなこと言われたくないし、そんなん言うなら田舎に帰ればいいじゃんて。

的外れだったらあれなんですが、私は東京っ子としてそう思ってたこともあり。
でも東京の魅力はそう言った多様な人たちの流入によってもたらされる。
地方や海外やそう言う人たちが流入し、ベースを留めないまま変化し続ける。
昔遊んだ空地はなくなり、好きだった建物はなくなり、友人は引っ越し。
お店は大型店に押し切られ、公園は小さくなり、遊ぶ子供もまばらになり。
犯罪やトラブルは増え、防犯カメラは常時設置され、挨拶は減る。

そんな中でも新しく魅力的なお店ができ、新しい家族が生活をはじめ、
様々な言語を話す観光客は訪れ、その中でまた新しい魅力をクリエイトし続ける。
わたしはそう言う東京が好きだし、(変化が速すぎてついていけないこともあるけど)
そう言うものをもたらす人を受け入れたいと思うのです。それはチャンスなんす。


たぶん、東京に上京してくる田舎の人たちは東京っ子に変化を強いている。
でも、その変化の上にさらに魅力的な東京が形成される。だから利益も享受している。
変化を受け入れ続けることで、東京は世界随一の都市であり続けている。
東京のどんなに小さな町もそのポテンシャルを秘めている。

そしてそう言う変化を含めて、もうトウキョウなんですよね。
僕はトウキョウが好きで、なのでそう言うすべてを含めて好きなんです。


日本全体もこう言った変化を受け入れた方がいいと思う。
どうしたって少子化はくるし、そうすると働き手は激減するし、そうなると高齢化社会は
どんなに定年の年齢を引き上げてもしんどかろう。

そんなとき、外国人の働き手の人をもっと受け入れる必要があると思う。
そういう人たちが、異なった文化を持ち込む。そして日本が変わっていく。
変わっていくのは仕方ないと思うよ。
でもそうしないと輝き続けられないんじゃないかと思うんですよね。

変化することを嫌った東京っ子が上京者を拒否、って可笑しいと思うでしょ?


恵方巻きなんて大阪人のものだと思うんだけど、
いまじゃ東京のコンビニやスーパーでこぞって売ってるじゃないですか。
違和感を覚えつつも、節分の日に恵方巻き食べればいいんだと思うの。

変化についていけない!って叫び続ける人はどうなるのか?
置いて行かれて年老いて死んでいくだけだよ。

美味しい韓国料理屋さんが増えるんだもん。素晴らしいと思うんだけどな~。
チマチョゴリはセクシーだし、韓国系のおばちゃんは懐かしい雰囲気あるよ。
竹島の問題はそもそも曖昧なんだし、戦後教育のすれ違いは、お互い様な
部分もあるし。でも「死ね!」で拒絶し続けてたら自分の血肉にならないからね。
それは、個人的には、損な感じもするんだよね~とかなんとか。。

2012年9月26日水曜日

センカクショトウ

尖閣の領有をめぐって日中台がややこしい。思ったところを書き記す。




中国人が尖閣上陸した際、県警が逮捕し中国に送り返した。
これは島での警察権は日本にあり、日本の実効支配を意味してる。


竹島などと同じく、実効支配している領土は他国の領土になりにくい。



さらに中国は常に尖閣問題の棚上げ、現状維持を希望していた。


この状況でことを荒げる必要があったのか?


中国の海洋進出は常に領海問題を抱えるので慎重にならざるを得ない。
対して日本には広大な太平洋がある。日本海の資源開発は魅力的だろうが、
太平洋側の資源開発や石油の代替と期待されているオーランチオキトリウム
の研究開発など、他に選択肢はたくさんある。

その状況でここまで強引に尖閣を国有化する必要があったか?


国有化でなにが変わったか?

尖閣諸島周辺の問題はよりややこしくなった。
大規模な反日デモにより在中日本企業は大きな損失を被った。

オスプレイの本格配備。実はアメリカが裏でなにか?とも思う。


結局、今回の石原慎太郎からの尖閣国有化の流れで、日本は得してない。
よくわからない感情論でわかりやすそうな選択肢を選んだ結果、
今まで培ってきた中国における日本企業の信頼などを失った。

戦争を主張する人もいる。けど、考え直して欲しい。
戦争を主張する人が命を落とすだろうか?
命を落とすのはその人と関係のない人で、誰かの大切な人だ。
中国と戦争する日本国を、次の世代に残すので良いのだろうか?



より吠えるのは怯えている犬だ。本当に日本人が強く、日本が大国ならば、もっと泰然と賢い選択をするべきだ。

2012年6月30日土曜日

All you need is LOVE.

33歳になった。

ぼんやり自転車をこぎながら考える。


福島の原発事故に端を発した原発停止からの大飯原発再稼働。
プライムミニスター野田が国民の生活を第一に考え、再稼働を決めた。


原発動いてないと電力供給ままならず、色々と困るんだそうだ。

さらに、たぶん、電力供給は地域独占だし、
電力会社を取り巻く利権の構造ってのがスゴくて、
だから四の五の言わず動かせぃ!って言うのを感じる。

そこに、たとえば、今年の夏は原発を動かさないよ!
もうそれで行くからね!プランはこうだよ!って言う
やるぞ感ってか、そういう一所懸命さが微塵も感じられなくて、嫌だ。

結局、電気は俺らが供給してるし~。
原発動かした方が都合いいし~。いろいろダルイシ~。って感じる。



消費税増税問題もそう。

消費税増税も必要ならばやむなし、と思う。
だけど、ここで増税なの?と。もっと手前でできることない?
いゃ。もっと、もっとさ。

で、これら問題はなんだ?と。

マイケル・ムーアの映画、華氏911を見て思ったのだが。
企業も国家も利益を考えて行動する。

だから、原発再稼働や消費税増税が、関わる人の利益ならそうなる。

でも関わる人の利益、で良いのか?

地域や人や国のことを考えて、利益以外の、たぶん愛が足りないのじゃないか?と。
東電の電力供給事業には、愛のない夫婦関係とか性交渉とか。
なんかそう言うのを感じなくもない。もっと愛を持って取り組んでもらいたい。
愛じゃお腹はいっぱいにならない、とも言うけれども。

2012年1月12日木曜日

山登り

山を登っていて、僕は足元をみて黙々と登る人だと感じた。
山頂を常に見上げて、と言うのはあまり好きではない。
たまに方向が合っているかを確認しながら、
道によっては歩き方を考えながら黙々と登る。
なにも派手なことはないけれども、それが良いなと思った。

先日、宇宙飛行士の方が仰っていたことが記憶に残った。
毎日自分のできることだけを少しずつしていってください。
一歩一歩の歩みがとても大切です。確かそんなことを言っていた。

僕はあまり目標とかを定めないし、どうなりたいとかもあまり
考えないんだけど、それではいけないのか?と最近考えていた。
やたら目標だとかビジョンだとか夢だとか言われたもので。

でも、まぁ、いいんだなと思いました。

2012年はもうちょっとは山登りをしようっと。

あ。あと山登りにおいては山の下り方が大事だなと思った。
登りつめる、もしくは道半ばだとしても、どうやって山を下りるか。
それをイメージすること。予定に入れておくことだ大事な気がする。

2011年12月14日水曜日

昔の…~2005年12月02日 エディ・ゲレロ死去

WWEと言うアメリカ最大のプロレス団体がある。
そこのスター選手であるエディ・ゲレロが11/13に急死した。

高校時代にスポーツのケーブルテレビ局であるESPNの番組で
WCWと言うプロレスを見始めたのがアメプロとの出会い。
その頃はスティングやディーン・マレンコ、リック・フレアーが好きだった。
で、エディもその頃からなんとなく知っていた。
アメプロと再会したのは大学時代。
従兄の住むアメリカに遊びに行く度に
見るテレビがなくてプロレスを見ていた。
最近ではJスポーツと言うチャンネルでよく見ていて
エディは陽気で戦い方も見ていて面白いし好きだった。

38歳での死。
そう言えば先日、38歳のカズが移籍先のオーストラリアで2ゴール。
エディの試合がもう見れないと思うと、なんだか寂しい。

昔のブログが消えるらしいので、移行~2006年03月20日 一件の婚礼と一杯のカクテルとアクセサリー

昨日初めて自分のしている仕事を好きになった。

今までは別にブライダルコーディネートとか好きでなかったし
一生に一度の幸せに関われるなんて良い仕事だねと言われても
はぁそうかなぁ?でもそうでもないような気がするけど程度だった。

んでもって。昨日担当したお客さんはとても好きだった。
好きだったんだけれども、お客さんの仕事の都合などもあり
思うように準備が進まず、自分達も把握していない始末。
とても、当日を迎えるにあたってはこっちも不安だった。

そして当日。実際になってみると問題がいくつか起こる。
お客さんのお持ちになるはずのものを忘れていたり、
お客さんの方で手配されていなかったり、
こちらと新郎と新婦の連絡ミスで手配が出来ていなかったり。
それらは想像の範囲内ではあったのだけれども、
乗り越える数は思っていたよりも多かった気がする。
ひとつひとつでできる限りの可能性を考え、提案し、
迷惑のかかるスタッフにお願いし、お客さんの了解を得て。
でもトータルでは本当に上手く行って、本当に良かったと思えた。


先週のことだったのだが、自由ヶ丘にあるとあるバーに行った。
去年職場の先輩に教えて貰ったバーで、カクテルが本当に美味しい。
どれくらい美味しいかと言うと、酔ってしまうのが惜しい程美味しい。
で、その日一緒に行った後輩がお薦めの青いカクテルを頼んだ。

しばらくして。

脚の部分に素晴らしい装飾のなされた素敵なフルートグラスに
素晴らしいカクテルが注がれてきた。
そのカクテルは青で、水面からは氷河のように
クラッシュアイスで埋められている。
水面近くはブラックライトによって月明かりで照らされたように白く光っている。
そしてその神秘的な静寂の青い海の底には
静かに角砂糖がひとつ沈んでいた。
なんて素敵な一杯なのだろうと思い、ずぅっと眺めてみた。
そして、こんな一杯に素敵な演出を成すバーテンダーと言うのは
なんて素晴らしい種類の人間なのだろうと思った。

でも昨日。もしかしたらブライダルコーディネートも
そう言う仕事なのではないだろうかと初めて思えた。
そこまで大それていないにしても、そう言う可能性を秘めた仕事だと。
そこに楽しさと言うか、居心地の良さのようなものを初めて感じた。
「華やかなものの裏にはとても地道な努力がある」と
この日の新郎のお父さんは謝辞の中で言っていたが
その地道なものの先の華やかさを、初めて実感できたのだろうかと思う。

そしてたぶん僕の父のしている仕事も
このカクテルや一件の婚礼のような仕事であるのだろうなぁと。
この3つに新たな共通点の発見をして、1人興奮しながら
夜の街を自転車で自宅へと向ったのでした。