2013年4月1日月曜日

変化を受け入れると言うこと。受け入れられないと言うこと。

大久保などで在日韓国・朝鮮人に対する強烈なデモ活動が行われてるらしい。
実際に見ていないし、概要も新聞などで触れるだけなので知識不足なんだけど、
なんだかしっくりこない。主張していることの実態?本体?言わんとすることも、
よく分かってないんだけど、在日の方の特権に抗議しているらしい。。
そのうえで、朝鮮人は死ね!とか言っているらしい。

死ね!はダメだよ。
もし在日韓国・朝鮮人に特権があるとして、それに抗議したいのだとしたら、
死ね!は抗議じゃないもの。脅迫だよ。脅迫と主張は違うと思う。




違っていたらごめんなさい、なのですが、在日韓国・朝鮮人に対するこの態度って、
例えば東京に何代もずっと昔から住んでるうちに産まれた東京っ子たちが
地方出身者が東京に多く流入するから、東京はコミュニティが失われたし
田舎者は都会に出てきて欲しくないよね、ホント。って言ってるのに似てると思う。
挙句の果てに、東京に出てきてて、やれ空気が汚いだ空が四角いだ都会は冷たいだ。
そんなこと言われたくないし、そんなん言うなら田舎に帰ればいいじゃんて。

的外れだったらあれなんですが、私は東京っ子としてそう思ってたこともあり。
でも東京の魅力はそう言った多様な人たちの流入によってもたらされる。
地方や海外やそう言う人たちが流入し、ベースを留めないまま変化し続ける。
昔遊んだ空地はなくなり、好きだった建物はなくなり、友人は引っ越し。
お店は大型店に押し切られ、公園は小さくなり、遊ぶ子供もまばらになり。
犯罪やトラブルは増え、防犯カメラは常時設置され、挨拶は減る。

そんな中でも新しく魅力的なお店ができ、新しい家族が生活をはじめ、
様々な言語を話す観光客は訪れ、その中でまた新しい魅力をクリエイトし続ける。
わたしはそう言う東京が好きだし、(変化が速すぎてついていけないこともあるけど)
そう言うものをもたらす人を受け入れたいと思うのです。それはチャンスなんす。


たぶん、東京に上京してくる田舎の人たちは東京っ子に変化を強いている。
でも、その変化の上にさらに魅力的な東京が形成される。だから利益も享受している。
変化を受け入れ続けることで、東京は世界随一の都市であり続けている。
東京のどんなに小さな町もそのポテンシャルを秘めている。

そしてそう言う変化を含めて、もうトウキョウなんですよね。
僕はトウキョウが好きで、なのでそう言うすべてを含めて好きなんです。


日本全体もこう言った変化を受け入れた方がいいと思う。
どうしたって少子化はくるし、そうすると働き手は激減するし、そうなると高齢化社会は
どんなに定年の年齢を引き上げてもしんどかろう。

そんなとき、外国人の働き手の人をもっと受け入れる必要があると思う。
そういう人たちが、異なった文化を持ち込む。そして日本が変わっていく。
変わっていくのは仕方ないと思うよ。
でもそうしないと輝き続けられないんじゃないかと思うんですよね。

変化することを嫌った東京っ子が上京者を拒否、って可笑しいと思うでしょ?


恵方巻きなんて大阪人のものだと思うんだけど、
いまじゃ東京のコンビニやスーパーでこぞって売ってるじゃないですか。
違和感を覚えつつも、節分の日に恵方巻き食べればいいんだと思うの。

変化についていけない!って叫び続ける人はどうなるのか?
置いて行かれて年老いて死んでいくだけだよ。

美味しい韓国料理屋さんが増えるんだもん。素晴らしいと思うんだけどな~。
チマチョゴリはセクシーだし、韓国系のおばちゃんは懐かしい雰囲気あるよ。
竹島の問題はそもそも曖昧なんだし、戦後教育のすれ違いは、お互い様な
部分もあるし。でも「死ね!」で拒絶し続けてたら自分の血肉にならないからね。
それは、個人的には、損な感じもするんだよね~とかなんとか。。

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