2011年12月14日水曜日

昔のブログが消えるらしいので、移行~2009年02月22日 トトがいなくなってから。

気づいたことふたつ。

まずトトが死んでしまった翌日。
店に出勤して思い出だらけだと言うことに気づく。
それは、もちろんトトが寝ていた段ボール箱から
始まって、好きで噛んでいたタオルやおもちゃ。
何気ないときに振り返ると寝転がっていたマット、
トイレに入ると外から扉をガシガシと引っかくことや
必ずご飯の17時には台所前にすくっと座る光景。

店どころか街中もそう。

トトと散歩した道。トトのおしっこした場所。
坂の下で呼ぶと上から全速力で駆けて来たり。
うんこさせようと努力してみたこと。
好きだった垣根。植え込み。最後に散歩した公園。

その一つ一つで涙腺が不意に緩む。
まさかこんなにトラップだらけとは思ってなかった。

そんで不意に、街ってのはこう言うふうに
色々な人やものの思い出を内包していることに気づく。
思い出でできてると言っても過言でない気すらした。

もうひとつ考えたことはいなくなると言うこと。

いなくなると心に穴が開く、なんて言う。
ポッカリ開いているのだが、それは他の犬が完全に
埋めることのできない穴だと気づく。
もう少し言えば、今回はトトがいなくなって開いた穴で
言わばトトの形の穴が開いたのだと思うのだけれども
その形をその大きさですっぽり埋めるのは本人しかなく
他の犬やら人では形が違うからすっぽりとは行かない。

穴が小さければ他の大きな形で埋まるけれども。
きっと存在とはそう言うことやも知れぬと気づく。

その人がいなくなるとその人の形の穴が開く。
それの大小の感じ方はもちろん人で違う。
だから埋められるものも、癒えるまでの時間も違う。


トト。命名者は自分。
最初はオズの魔法使いに出てくるドロシーの犬
「トト」から名前をもらった。
その後、エジプトの壁画にある犬の頭をした神様の名前が
トトと言うことに気づき、さらには店に良く来る
イタリア人にも馴染みのある名前だと言うことだった。

きっとここに書いていることはどうでも良いこと。
でもまさか。ペットを失うのがこんなに辛いとは。

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